昆布と言えば北海道産が有名ですが、江戸時代に北前船で各主要港湾の加工地まで運ばれていた昆布は、当時まだカビを防ぐ技術が確立してないこともあり、昆布の中心部分にカビが発生することは珍しくありませんでした。そこで、カビの発生していない表面だけを薄く削り落として売り出したのが「おぼろ昆布」です。後にカビを防ぐ技術が開発され、以前は破棄されていた昆布の中心部分も、近年ではバッテラ用の白板昆布として活用されています。
「とろろ昆布」は、先に登場したおぼろ昆布が派生することで誕生した商品になり、ブロック状に固めた昆布を削り出して商品化したものです。かつてはおぼろ昆布、とろろ昆布のどちらも手で削っていましたが、とろろ昆布の製造は機械化が進んだため、現在はおぼろ昆布のみ職人の手仕事により削って作られています。よって、おぼろ昆布の方が時間と手間がかかることから、価格が高い傾向にあります。
おぼろ昆布の原料となる真昆布や利尻昆布は、そのままの状態では固くて加工できないため、まずは酢に浸し、柔らかくしてから加工します。はじめに、形を均一にしてきれいなおぼろ昆布を削り出すため、昆布の両端を切る「耳断ち」を行います。
その後の加工の仕方により、おぼろ昆布は「黒おぼろ昆布」と「白おぼろ昆布」に分けられます。では、それぞれの特徴について、さらに詳しく見てみましょう。
・黒おぼろ昆布耳断ちの工程の次は、昆布の表皮の黒い部分から削り出していくのですが、この表面を含めて黒い部分を削り上げたものが「黒おぼろ昆布」です。職人の手によって1枚1枚丁寧に昆布の「面」を帯状に削り上げられた黒おぼろ昆布は透き通るほどに美しく、椀物や汁物に入れると引き上げたときにトロリとお箸にかかるのが特徴的。表皮を含むためほのかな塩気と酸味があり、白おぼろ昆布に比べると粘り気が少なく、さっぱりとした独特な味わいに仕上がっています。
「サラエ」とも呼ばれる黒おぼろ昆布は、かんなくずのように薄くふわっとしており、色味は黒っぽく、白おぼろ昆布より安価で購入できるのも魅力の1つです。熱々ご飯にのせるだけでも美味しくいただけますが、うどんやそばに入れても旨味が倍増、定番料理をぜいたくなものに変えてくれます。
・白おぼろ昆布黒い部分をどんどん削って昆布の芯に近づいていくと、白い部分が現れます。この白いところを削ったものが「白おぼろ昆布」です。つまり、昆布から「黒おぼろ昆布」を取った後に削り出すものが「白おぼろ昆布」となるわけですね。黒おぼろ昆布に比べて昆布の甘味や旨味が濃く、粘りが強いという特徴があります。
昆布の内側だけを使い、熟練の技で削り出された上質な白おぼろ昆布は、ぜいたくの極みと言っても過言ではありません。「太白おぼろ」「上白おぼろ」などと呼ばれる白おぼろ昆布は、昆布加工品の中でも高級品として流通しており、大切な方への贈答用にもおすすめです。
なお、白おぼろ昆布を削り出して、もう削れないというところまで削り終え、最後に残った芯の部分が「白板昆布」です。バッテラ寿司や押し寿司の上に乗っている、シート状の昆布と言えばわかりやすいでしょうか。このように、おぼろ昆布は職人によって昆布を余すことなく加工され、削り出す部分によって商品が分類されています。
「昆布を薄く削るなら、おぼろ昆布もとろろ昆布も同じでは?」「昆布の種類が違うの?」と疑問に思われる方もおられるかもしれませんね。おぼろ昆布について理解を深めたところで、次にとろろ昆布との違いについて詳しく見てみましょう。また、どのような料理に使用されているのかもあわせてご紹介します。
おぼろ昆布もとろろ昆布も、どちらも昆布を甘酢に浸してから加工するのは同じです。「とろろ昆布」の場合は、昆布を何枚も重ねた上から数十トンもの圧力をかけ、しっかりプレスしてブロック状にしたものの側面を削り出します。接着剤などの添加物は使用せず、昆布の粘りを使って接着。数日間プレスして出来上がった昆布の固まりを縦に置き、人の手ではなく機械を使って薄く削っていくのが大きな特徴です。機械化されていることもあり、加工のスピードがはやく大量生産を可能にしているため、おぼろ昆布に比べて値段が安く、日常使いにおすすめです。縦にして削り出すので、絹のように繊細で美しい目をしており、ふんわりとした質感でお吸い物などに使用されています。
とろろ昆布とおぼろ昆布の大きな違いは、昆布の種類ではなく、昆布の加工方法の違いにあります。「とろろ昆布」が固めた昆布の側面を機械で削り出すのに対して、昆布の表面を1枚1枚職人の手で薄く削っていくのが「おぼろ昆布」です。とろろ昆布のように重ねて作るのではなく、1枚ずつ手仕事で加工するため、肉厚で表面が平らな等級の高い昆布を使用。昆布の繊維がしっかりしているので、海苔のようにおにぎりに巻いて使用することもできます。
とろろ昆布とおぼろ昆布はどちらも雰囲気が似た商品ですが、原料や使われる部位、加工方法により種類が分かれており、それぞれに味わいや風味、用途が異なります。
宮城県のとろろ昆布は、全国的に流通している一般的なとろろ昆布とは特徴が異なり、やや特殊な工程で作られていますので、その違いについてご紹介します。
先述したように、一般的なとろろ昆布は機械で昆布を圧縮して固めたものを、さらに機械で断面を削り出して加工を行います。対して宮城県のとろろ昆布の場合は、機械で圧縮する工程までは同じですが、その後は機械ではなく、職人が手作業で加工しています。
宮城県のとろろ昆布の粘りは一般的なとろろ昆布と変わりませんが、手で削っているためやや厚みがあり、色合いも異なります。原料は三陸産昆布にこだわり、岩手県産や宮城県産を使用。また酢を使っておらず、添加物なども加えず昆布のみを削り出して作られているため、昆布本来の味が楽しめます。
一般的なとろろ昆布との作られ方の大きな違いは、加工職人が「手削り」で削っていること。手削りとは、先端に「まくり(かえし)」がついた刃を使用し、昆布に当てて削り出す製造方法で、機械で削り出されるとろろ昆布に比べて、厚みと色合いが全く異なるものに仕上がります。手削りは珍しい製法とみなされており、手間と時間がかかる工程です。製造元によっては、原料から製品になるまで3日間を要することもあります。
宮城県のとろろ昆布は、職人による手仕事となるため歯ごたえのある仕上がりになります。そのため、汁物に入れるととろろ昆布が溶け、粘りが出てきてトロトロネバネバ食感になるものの、一般的な薄いとろろ昆布とは違って厚みがありますので、昆布の繊維や歯ごたえをしっかりと感じることができます。しかし、だからと言って昆布が固かったり、口に残ったりするというわけではありません。三陸ではとろろ昆布をそのまま食すよりも味噌汁や湯餅に入れて使うことが多く、宮城県沿岸部の人々はその独特の食感を楽しむ習慣があり、日々の食卓に広く取り入れられています。
また、宮城県のとろろ昆布は酢を使っていないため、料理の味を酸味で邪魔することがなく、昆布本来の味だけをじっくり楽しめるのが一般的なとろろ昆布にはない魅力です。昆布消費量が多い三陸でも全国にファンを持つ宮城県のとろろ昆布なら、酸味が苦手という方も、純粋に昆布の旨味を感じながら美味しくいただけるのではないでしょうか。
トロリとした食感を楽しむとろろ昆布は、美味しいだけではなく、アルギン酸など水溶性食物繊維も豊富で、フコイダン、カリウムやカルシウム、ビタミンB群、ヨードなど、体に良い栄養素をたくさん含む優秀食材です。健康維持、ダイエット、デトックスのためにとろろ昆布を上手に食生活に取り入れたい、そんな方のために、とろろ昆布を美味しく味わえるメニューをご紹介します。
とろろ昆布メニューの代表格と言えば「お吸い物」と「味噌汁」です。とろろ昆布を入れるだけの簡単トッピングで、昆布の出汁がプラスされて旨味をアップしてくれます。お吸い物なら、澄んだ出汁にとろろ昆布を加えるだけで、やさしい味のおもてなし料理に早変わり。味噌汁は豆腐や玉ねぎ、じゃがいもなど、どんな具材にもあわせやすいのがポイントです。
海苔の代わりにとろろ昆布をおにぎりに巻く「とろろ昆布おにぎり」も人気のメニューの1つ。できたておにぎりにとろろ昆布をふんわりまぶすだけで、昆布の風味とふわふわ食感が口の中で広がります。美味しく握るコツは、強く握り過ぎないこと。とろろ昆布のふわふわを残すように巻くことが大切です。具材には、おかかや梅干しといった和風がおすすめです。
卵焼きにとろろ昆布を混ぜ込むと、ちょっと大人な味わいを楽しめますので試してみてください。とろろ昆布をちぎって卵液に入れてよくかき混ぜ、あとは同じように焼くだけで、いつもと違うふわふわ食感と昆布の風味を楽しめます。ととろ昆布と一緒におかかや青のり、胡麻などを混ぜてもOK!お弁当はもちろん、ちょっとしたお酒のお供にもおすすめです。
とろろ昆布とおぼろ昆布はどれも同じように見えて、加工の仕方や使われる部位によって呼び名が変わることが理解できます。それぞれに食感や風味、仕上がり、おすすめメニューなどが異なりますので、いろいろ食べ比べしてみてはどうでしょうか。ぜひ一度、お取り寄せして味わってみてくださいね。